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製作著作山ボケ社
無断転載を禁ず

羊蹄山無駄話─行き掛けの駄賃に・・・



 羊蹄山は西に比羅夫口、南に真狩(まっかり)口を有し、登山口の標高はほぼ300m。頂上までの標高差は1600mあり、富士山より400m多い。北東に京極、南東に喜茂別ルートも有するが、交通の便が悪いこともあってか、あまり一般的ではないようだ。日帰りが可能であるが、折からの連休で宿が取れず、どうせなら予約不用の山小屋で宿泊という日程にしてノンビリ登ることにする。
 学会場で札幌の人に脅されて、北大のそばの秀岳荘にてスリーシズン用の寝袋を購入。スーツにボストンバック、それに寝袋をかかえこんだ姿で、札幌駅を旅立ち、南西へ2時間余、夜8時過ぎに倶知安駅到着。駅にて帰途は長万部から千歳へ抜けられるか、時刻表をめくってみるが、一日に2,3便しか接続がなく、駅員も長万部経由なぞとんでもないという感じ。下山後は札幌へ11:45か13:10の電車で戻って、千歳へ向かうことにする。
 駅前の真っ暗さに度胆をぬかれつつ、駅前ビジネスホテルへ入る。宅配しておいたザックをスキールームでみつけてホットする。昭和20年代のような街はずれにミスマッチなコンビニがあり、おにぎりなど2日分の食料を買込む。部屋にておでんとビールの夕食をとる。置いていく学会用と山用の2つに荷造りする。どういうわけかニュースをやっているTVチャンネルがみつからない。ええい、セ・リーグは巨人になったの? 中日になったの?



 翌朝8:00、ホテルに荷を預け、外に出てみれば快晴。駅前ロータリーから、羊蹄山がそれ以外はなにもない空にくっきりとそびえている。8合目から上は厚い笠雲がかかっている。下界快晴、上は雨というパターンか。
 8:15、倶知安駅前よりルスツ高原行きバスにのる。乗客は3人。あとの2人は地元の人で、登山者は私のみ。羊蹄山にはかくも登山者が少ないのかと、山小屋に一人泊まっている姿などが思い浮かび、多少不安になる。バスは凹凸のない、空気の澄んだ見晴らしのよい高原を、羊蹄山の裾を西から南へ巻いて行く。8:52、自然公園入口にて下車。のどかなキャンプ場の脇を通り過ぎ、9:25、真狩登山口に到着。道端にジープなど、20台近い車が駐車しており、ホッカイドーの人は通常、ジカヨーシャを使ってアプローチすることが判明した。単独行であることを意識して、入山者名簿に真面目に記入する。序でに名簿をチェックしてしまう。2/3位が小屋泊の行程で、車を使うためか同じルートで下山する予定が多い。本日の小屋に宿泊予定で私と同じ誕生日の女性をみつけて、思わず名前を憶えてしまう。しかし、小屋で「9月14日生まれのワタナベさーん」なぞと叫んでいたら、これは危ない世界。
 10:00、展望台との合流点で一本。「寒い」とばかり聞かされてきたが暑い! 汗まみれとなり、長袖シャツをぬいで、Tシャツとなる。一本目はいつもシンドイ。低血圧に加えて、日頃の疲れも出るような気がする。ユックリ行こう。
 そろそろ急な登りとなり、下山者と擦れ違うようになる。北海道の人は丁寧親切で愛想が良い。小屋に泊っていた人であろうかと、振返って荷の大きさなぞのチェックをしようとしたら、むこうも振返ったのでバツが悪い。紅葉は期待していたほどではなく、もう終わってしまったのか、紅葉する樹が少ないのか、はたまた今年は酷暑で樹木が疲れてしまったのか。
 11:00、2本目。風が気持ちよく流れる斜面の草の中。『こんな風に会いにきたんだ!』と感じさせる風だ。2パーティーに追い越される。1組は妙に羊蹄に慣れている様子で感じも良かった。もう1組はバタバタと歩いてはゼーゼーと休むという素人っぽい女性をまじえた3人組で、しばら行ってから下って行てしまった。あと1組の男女二人連れと前後するが、あまり口をきかないペアーだった。ザックに大きな音のする鈴をつけている人が多く、クマよけらしい。しかし、羊蹄山は富士山と同様に水が流れているような沢がなく、水場のない山にはクマとシカはいず、したがって羊蹄山にはクマとシカはいないということである。
 結構キツイ登りになるが、ちゃんと、木の枝、根、岩、石、空、自然界のモロモロの事象の有象無象に取り囲まれている。このことは楽な気がする。あらためてエルブルースが上下左右のわからない白い感覚実験室のようだったと思う。ペアーの行った直後の登山道にリスが現れる。口に何か咥えている。写真をとろうとあせっているうちにいなくなってしまう。
 ペースにのって楽になってきたところで12:00、3本目。展望の良い6合目だ。『入り江の美しい海が見える。函館であろうか』と思って地図をみたら、洞爺湖と中島だった。初めて洞爺湖の位置を知る。左手に羊蹄を小粒にしたようなシリベツがお皿の上のオムスビのようにそびえている。オムスビをぱくつく。長袖シャツを羽織る。雨がポツポツ来るが空は明るいので大丈夫だろうと思う。
 擦れ違う人が上だけか上下のヤッケを着ているようになる。「上はかなり寒いですヨ」とのこと。外人の若い二人連れが追い越して行く。「スミマセン」と言う日本語が板についていたが、英語で声をかけてみたらオーストラリアとカナダからとのことであった。短パンにやたら荷が大きいので、テント泊りかと思ってたが、小屋に泊っていた。札幌の在住らしく、結構流暢な日本語を話していた。
 12:45、トラバースの手前の7合目で4本目。ヤッケを着て腹ごしらえをする。ガイドブックにこのトラバースがヤバソウに書いてあったけれど、どうということなし。木立の背が一気に低くなる。雨は止むが、霧で視界がきかなくなる。
 1:15、小屋への分岐をわける。分岐からのぞき込むが小屋はみえない。頂上が近い雰囲気となる。じべたは草木に覆われ、草木限界は北海道とはいえ、さほど低くはないように感じられる。火口縁に出るまでの登りの傾斜がきついが、『何て酸素が濃いの!』と、苦痛に思わず。
 1:30、眼前が真っ白になり、強く風が吹きつけてくる。向こう側はさがっており、火口の縁に出たようだ。ダルマさんのような石の道標がある。眼下にお釜(火口)が広がっているのだろうが、大きさは見当がつかない。頂上はお釜の反対側にあり、ここから40分だ。お鉢を右から回るか左から回るか迷う。後続は来
る気配がない。左手の霧の中から二人の単独登山者が降りて来、こちらの方が一般的なようなので左に行くことにする。さっぱり視界の効かない未知の土地というのは不安で嫌な気がする。あのペアーも続いて来るだろうと歩き始める。しかし、結果的にさっきの単独行の二人が火口より上で会った最初で最後の人達で、他の人達は小屋へ入ってしまったようだった。
 気温3℃。時折、飛ばされないように踏張る。『赤鼻の追い討ちはたまらん、また凍傷になりませんように』と、毛の手袋で鼻を押さえて歩く。『でもエルブルース程じゃないな』と、どこか余裕のある感覚。道をはずさないように注意深く石の白いペンキを追いつつ行く。一旦火口の中へ降りるように下り、地形図上、大丈夫かと迷ったが、ほどなく左へ曲がって火口縁へ上がって行く(翌朝みたところ、母釜と父釜の境界の場所だったようだ)。ボーとした小さなピークをいくつか越える。ピークにある道標が山頂を示すものなのか、もっと先へ行けという方向指示板なのかよくわからず迷う。2時10分までは進んで行こうと決める。
 遂に、霧の中にノアの箱舟のように、大きな岩の塊が重畳し盛り上がった、風格段違いのピークが見えた。これが頂上でなくて何であろうか。2:10最高点到着。地図上のピークは喜茂別寄りで先にあり、少し低いらしい。風を避けてミカンを食べる。カメラの自動シャッターの操作がよくわからず、数枚を無駄にする。成功した1枚の写真には心配そうに真面目な顔でカメラの御機嫌を伺っている私の顔が写っていた。
 2:30、頂上発。火口縁の同じ道を戻って、3:10小屋。100人収容とのことにて、しっかりした造り。中央の土間のストーブでは大きなヤカンが湯気を立てており、ムットするほど暖かい。室内には頂上に来ることのなかった20人位の登山者がくつろいでいた。小屋の角で寝袋にくるまっている人あり、早や、バーナーを焚いて盛り上がっている一団あり。『ボ、ボクッチ、ひ、一人で頂上行ってきたんだもん』という気分になる。何だか呂律のうまく回らない口で、「頂上まれっ、回っれ、来ました!」と、小屋番に報告している。犬が大きい顔をして板の間に寝そべっている。
 さしあったって食べることしかない。毛布を\150で借りて、これが私の部屋というように物を広げ、オムスビやソーセージを口に運ぶ。犬は小屋番の石井さんの飼い犬で、ロッキーとロクという和洋二通りの名前を有するらしい。どう見ても醤油顔なんので、私はロクと呼ぶことにしする。食べ物をねだりに来たので、安物のソーセージーをやったが、まずそうにペッペッと吐きだしてしまう。プリンを一匙やると、打って変わって、その醤油顔を擦り寄せながらのモットモット
攻勢に変じ、ついに残りの全部をせしめて、プラスチックの容器まで咥えて行ってしまった。
 石井さんは顔じゅう髭だらけで、その風采風格から私はてっきり6月の小屋開から小屋に篭りっきりで、一度も下山をしていないのではないかと思ったが、1週間交代の当番ということであった。比羅夫の在とのこと。記名帳をみていたが、「女の人は生年月日を書かなくて良いからね」といっているのが聞こえた。私のサバが非常識に大き過ぎることが見破られたのであろうか。昨夜は60人位宿泊したとのこと、この夜は最終的に40人位になったようだった。
 小屋の中には単なるビデオマニアというには仰々しい撮影器材を持った男の人が3人いた。フジTV系の撮影隊で、明日の小屋仕舞いまでの様子を撮影するらしいが、残念ながら北海道だけのローカル放映とのこと。時折、きゃしゃな体格のお兄さんが光の具合を調整してから、プロレスラーのようにがっしりした人が肩に重そうなカメラを載せて撮影している。女性には難しい仕事もあるものだと思う。彼等は、6時過ぎに小屋番と常連の人達がジンギスカン鍋料理を始めると色めきたって撮影を開始した。ついでに私の隣の酒盛をしていたグループにも、「盛り上がっているところを」とかいって、撮影にやってきた。私も『あわよくば記念に』とスケベにも思っていたけれど、しがない単独行者故、小屋の角で落書き帳をしょんぼりとめくっていた。と、後日、下山を同行した松下氏が、私が写っていたと、ビデオを送ってくれた。1時間番組ものかと思っていたが、ニュース番組の中の5分くらいの番組で、その中で3秒ほどうつむいたままの私が写っていた。そうだと知っていれば、顔をあげて微笑んであげたのに。解説で彼等は小屋までたどり着くのに7時間かかったといっていた。ひどく寡黙で、黒子としてプロ意識に徹しているものと思っていたが、疲労困憊していて口を開くのも臆刧だったのかもしれない。道理で翌朝の絶好の被写体の御来迎に来なかった筈だ。
 寝る直前まで飲んでいたオジサンのイビ気がピックウイック症侯群もかくやと思う程すごい。舌根沈下によるただならぬ狭窄音、あわやと思うと再び息を吹きかえす繰り返し。高炭酸ガス血症による肺性心で心肥大をきたしているんじゃなかろうか。そしてその合間の歯軋りと寝言の一人3役。向かいの外人がクスクス笑っている。何となく私が日本人として赤面する。ヤッパリ\600の宿って、こういうものかと思ってしまう。隣の女性はいつの間にかいなくなっていた。つまり、2階の屋根裏部屋へ逃げ出していた。それが正解だったと思う。寝袋の中は暑く、かなり薄着にする。外の風音が強くなる。明日の朝も風が強くて、御来迎なんかに行かなくて済むと良いなと思いながら、いつの間にか、眠ってしまっていた。



 バタバタ出発して行く人達の気配で目がさめる。「今日は良い御来迎が見えますよ」という石井さんの声が追い討ちを駆ける。ヤレヤレ行かなくちゃなんないな。4:30、カメラだけを持って、ヘッドランプをつけた一団とともに暗闇の中を出発。小屋から昨日とは反対の左に出て、稜線を巻いて行く。比羅夫からの道を合わせたころより砂礫の道となり、一気に稜線をつめる。5:00頃陵線に出る。風が冷たい。御来迎がみえる東側へとお鉢を左へ回って行く。頂上の手前でお鉢の外側の斜面に座って待機の体勢にはいる人が多い。私も頂上は寒そうだしと、そこに座る。空は層状に赤らんできて、人影が影絵のようにみえる。待機していた15分間の寒かったこと、寒かったこと。東の空の一点がどんどん明るみをまして行き、今だ今だと目を凝らしているうちに、一条の光りが雲海の上に放たれた。それから、あれよあれよという間に日輪は丸い全容を雲海上に現し、紫のうすぼんやりした世界が白い明晰な世界に一変した。日の出は妙にさばさばとあっさりしており、阿弥陀様ご登場という仏教的荘厳さというか、嫋々たる余韻というか、我こそは御来迎なるぞという自己主張を欠いているようだった。これも新興開拓地ホッカイドーの宿命かと思ったが、誰かが「春と秋の日の出は違って、秋は早いんだ」といっており、『秋の日のつるべ昇り説』にも妙に納得してしまった。
 下山のバスの時間が気になりお鉢巡りをしないで小屋に帰る。母釜の外縁を辿って行ったら、小屋から登ってきたポイントに出た。比羅夫からのルートは母釜の縁を突き上げると理解。今朝は左向こうに大きな父釜、右手に小さな子釜も眺められて満足。西の陵線上からニセコがオセンベのようにべったりとひらべったくみえ、とてもスキーができるような斜度のある山にみえない。そのオセンベに羊蹄が裾野を左右対照に長くひいた富士山型の秀麗な影をくっきり落としている。有名な影羊蹄である。
 6:30頃小屋帰着。他の人はほとんどまだのようだった。石井さんに「下まで2時間だよ」といわれ、そんなところだろうと思っていたので、ストーブに当たりながら何と無くダラダラボーと1時間半を過ごしてしまう。小屋仕舞いの一行と下山しようかという話も出たが、私は千歳に5時頃までに行かなければならないので無理ということになる。登山口から千歳まで車で2時間とのことだが、免許証を持って来ていないのでレンタカーは借りられない。8:00出発。土間で靴をはいていたら、30歳台の男の人も比羅夫へ下山するとのこと。同行することになる。
 松下氏は小樽に住み、札幌の広告代理店に通勤しているとのこと。仕事が多忙で倒れてしまい、漢方や鍼を試したが効果なく、ジョギングやカヌーなどのスポーツをするようになったら体調が直ったとのこと。ホッカイドーではアウトドアライフが密着していて羨ましい。小屋仕舞の前日に登ることが多いらしく、その意味では常連のようだ。毎年この時期の羊蹄山では雪が降っていることが多いとのこと。また、今回7回目だったが、一番御来迎がきれいだったとのこと。ラッキー。いろいろな話を聞きながらのゆっくりした下山となる。9合目で凄じい勢いで登ってきた、バテ気の微塵もない元気な女性に会ったが、お鉢巡りをしてきたというこの女性に4合目の下りで追い越されてしまった。
 2合目くらいで、木立が急に高くなったように感じた。比羅夫コースは植物の垂直分布の変化をみるのに適しており、国の特別保護地区になっていると本に書いてあったので、柄にもなく、「トドマツとかエゾマツってどれですか」と尋ねたけれど、わからないとの返事だった。私と同類がいるものだと思ったが、植物好きな人には楽しいプロムナードであったことだろう。しばらくして樹林帯の中の広い道となる。道を木洩れ日がまだらに染めている。木立の中に数頭のリスを発見する。長閑な高原。登山の終わりの近い予感。
 駐車場にて松下氏の赤いカブト虫が待っていた。小樽まで乗せて下さるとのこと。倶知安駅前のビジネスホテルに寄って、預けてあったザックに不要となった山荷物を詰め足して、宅配を依頼する。国道から羊蹄山がきれいに見えていたので、「羊蹄山の見えるところで写真をとりたいので止めて下さい」と頼んだら、国道を戻り坂を登り始めた。戻らせては済まない気がしたが、駅裏の見晴らしの良い公園でも行くのかと思った。しかし、何と、次の瞬間、顎を天井に向けて居眠りしてしまった。気が付いたら車の混みあう観光地に着いていた。ニセコの北斜面中腹にある五色温泉だった。山小屋で隣のグループがニセコの温泉の品定めをしており、下山後に一風呂浴びて行く気配で、羨ましく思っていたので、一も二もなく五色温泉に浸かることにする。
 野趣豊かな硫黄泉で登山の疲れを癒す。外のベンチで風に吹かれながらビールを飲む。右手にゆったりしたニセコアンヌプリの北斜面が結構立派にそびえている。紅葉は終わり加減か、赤が暗い。その中を刻むジグザクの登山道に、頂上を目指す人の列が眺められる。頂上附近の透徹した秋空に一機のハングライダー。ここから頂上まで1時間くらいとのこと。もっと早く下山して来て登るのだった。



 道路を挟んでこちら側のイワオヌプリは硫黄の白い山。蒼い空に白い地肌がまぶしく異様だ。神社があるのか、かなり上の方まで急峻な斜面に階段が刻まれており、地中海の白い小島のようにも修験道の場のようにも見える。
 1:05、五色温泉出発。小樽までの道路は少し混雑しているようで、昼食どころか、コーヒータイムも取れなかった。小樽の手前に余市という、濃紺の海と白い浜の印象的な海岸沿いの街があった。宇宙ラーメンという店があり、毛利さんの出身地とのこと。岬を越して小樽に入った。想像以上に大都会で、倉庫と運河のさびれた街というイメージではない。14:50、小樽駅着。私の帰りの飛行機便の時間を私以上に心配していた様子の松下氏に送られて、15:00丁度の新千歳空港行きのライナーに乗る。駅弁を食べた後はすべて夢の中。隣の人が立ち上がったのに気が着く。札幌だった。『すすき野でラーメンを食べそこなっちゃったナ』と思って、また夢の中。16:10新千歳空港着。メロンシャーベットを食べてしまう。ラーメンはさすがに入らない。シャーナイ、東京で食べるか。


(1994年10月9,10日の記録)
山ボケ猫 著