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製作著作山ボケ社
無断転載を禁ず

当世尾瀬奥白根中高年登山事情(2002年秋)



 9月15日(日)6:45に自宅を出る。予想通り、3連休の2日目の渋滞はたいしたことがない。関越自動車道をひた走り、3時間弱で戸倉スキー場に到着。戸倉では3ヶ所の駐車場から10人乗りマイクロバスのタクシーが、人数がまとまり次第随時出発していた。片道900円。マイカー規制は地元タクシー業者に多大な利益をもたらしているようだ。時刻表に載っていたバスも動いていたが、時刻表よりも本数が多いようだった。最終便が16:20というのだけは、時刻表と合致していた。戸倉から約20分で鳩待峠着。途中、津奈木橋まではマイカーが入れるが、ここからはバスやタクシーに乗れず、ここまで入ってしまうと、鳩待峠まで4km弱の道を歩かされることになるらしい。
 10:10鳩待峠着。曇っている。寒い。いつ降り出してもおかしくない空模様だ。
 10:15分鳩待峠発。登山口に、“遭難防止のために入山は9時までにしてください”という掲示あり、大幅に超過。樹林帯の中を行き、1867mのピークへ至る。2年前の2月に山スキーでここまで登ったときの風景と引き比べつつ、きょろきょろしながら行く。木立の背がとても高く感じられる。あの時は雪が深かったのだと、あらためて思う。“ここらで一休みして、この斜面がスキーのハイライトだったのに、さかんに雪につっこんで、ころんだなあ”などと思い起こす。小湿原ではじめてトリカブトをみる。尾瀬にしては花が少なく、花の端境期なのだろう。目にしたのは、この他に、ウサギギク(かな)、ミヤマアキノキリンソウ(らしい)、ナントキキョウの計4種類。1867mのピークを越してから一休み(11:15-25)。おむすびをほおばる。ここからは平坦になり、稜線となるようだが、しばらく樹林帯がつづく。オヤマ沢田代は、晴れていれば展望が良く、気分の良さそうな湿原だが、ガスで何も見えず。湯の小屋からの道とようやく合流してしばらく行くと岩稜の道となり、ベンチがあった。人々が休んでおり、多くは下山者にみえた。上から下ってきた場合に一休みしたくなる距離なのだろう。雲の切れ間から鳩待山荘と、大小の池塘を丸く点在させた尾瀬沼がみえた。さらに、岩だらけの道を登って、12:05小至仏に到着した。頂上直下で、女性の3人組の下山者が、私に道をあけるように指示してきた。尾瀬は素人さんとのお付き合いが大変。
 小至仏山頂は狭く、人が多い。長居は無用と、バナナを食べてすぐ出る。頂上稜線は風が冷たかったけれど、ゴアは最後まで着なかった(ほとんどの人は着ていたが)。妙に人気の途絶えたガスの稜線は砂混じりの道で、至仏山の山頂直下に来ると、石のごろごろした道となった。前を行く若い女性の登山者が、足首の靴紐を結ばずに足首をぐらぐらさせながら歩いていたので、見かねて、“捻挫をしてしまうよ”と注意すると、慌てて靴紐を結んでいた。
 12:45至仏山山頂(2228m)に到着。小至仏山山頂から約30分だった。地図上のコースタイムからようやく15分短縮できた。コースタイムに従うと、下山路を山の鼻経由にとると帰りのバス時間にぎりぎりなので、休み時間を10分とする。5人の山岳会のグループを頼まれて写真を撮ってあげたら、もう一度やってきて、曰く。“彼は奥さんを半年前に亡くしました。僕は息子を1ヶ月前に亡くしました。今日は追悼登山なのに、楽しくて、そのことを忘れていました”とのこと・・・。つまり公式山行で、山岳会のフラッグを持った写真が必要ということだった。依頼された通り、“東京獅子吼山岳会”のフラッグを持った写真を再度、撮りなおしてあげた。山岳会の名称にマッチしない、やさしげな人々だった。
 12:55下山開始。山の鼻までの標高差828m。この路は荒廃のために1989年に閉鎖されていた。今回も駄目かと思ってきたが、1997年に解除になっており、下山する事ができた。急な広大な斜面はスキーには絶好だろう。こちらは下山者が少なく、人影がない。燧ケ岳と尾瀬ヶ原の展望を眺めながら下山できるだろうと思って選択したルートではあったが、いやはやしょっぱいこと。急坂の上に、木道が濡れている。岩は緑色の蛇紋岩で滑りやすい。1回、見事に泥の中に尻餅をついてしまった。かっちょ良いつもりで、中高年のグループを追い越していくと、後ろの方から、“すべった”とか、“ころんだ”とかいう、ひそひそ声が聞こえてきた。あとで、気が付くと、黒いズボンに湿った茶色の土がお尻に逆ハート形にべったりと付着しており、目立つ事、おびただしい。おまけに、スリップの衝撃が強かったのか、布地がすり切れかかっていたのか、縫い目に沿って小穴が数個あいていた。今日のパンツは黒っぽかった事に 安堵の胸をなでおろした。下山路の後半も沢の中を歩くような悪路が多く、最後まで歩きやすい道というには、程遠かった。
 14:30 、山の鼻に着いた時はほっとした。しかし、突然、観光地の喧騒につつまれた。茶パツのお姉さん達が闊歩する。“至仏はどれ?”と、とんでもない山を指差しながら駆け寄ってくるおばさんたちがいる。売店には、“枝豆ジェラートあります”の旗がはためく。100円トイレに入ると、“ここの空気って 歩いているだけで肌が綺麗になってしまうみたい”と、女性陣たちの会話。鳩待峠までの道が混雑する事が心配されたので、10分で出発する。2年前の冬に鳩待峠から山の鼻にスキー板をはいて降りてきたときの風景をさかんに思い出しながら樹林帯の木道を行く。最初は疲れた気分ののんびりムードで歩き始めた。しかし、背にザック、右手に杖に左手にハンドバックといった素人さんや、木道の上にべったりと腰を降ろして休んでいるハイカーを追い越しているうちに調子に 乗ってきた。
 15:30、鳩待峠。山の鼻から50分。やれやれ、最終バスに間に合った。山盛りの小豆アイスをほおばって、10人乗りタクシーの客となる。戸倉スキー場のホテルでコーヒーを飲もうとしたら、売店しか開いていなかった。ゴーストビルのよう。シーズンオフのスキー場の姿だ。帰途、戸倉の“うめや”という旅館で温泉に浸かった。鎌田経由17:30頃、丸沼高原ペンションコスモスへ到着。建物はロッグハウスで、これぞペンションという感じだ。オーナーの感じは良く、食事はおいしい。宿取りは大正解であった。
 東京からの2名と京都からの1名と合流する。H隊長はぎっくり腰のためによもやの戦線離脱ということであった。Sさんの誕生日の祝杯の赤ワインをあげた。私の誕生日は昨日だったが、誰も気づかないようだった。ためしに黙っていたら、ついに誰にも気づかれず、言い出しそびれてしまった。悲惨、みじめ・・・。
 16日(月)、朝は本降り状態でダメかと思うが、雨をものともしない元気Fさんがいるゆえに、日和ることは許されない。奥白根へ登る覚悟を決めて、上下のゴアをつけて出発。しかし、さすが晴女Fさんのご利益か、ゴンドラをおりるころから、雨はほぼあがり、傘をそうそうに仕舞いこんだ。
 9時ゴンドラ駅発。大日如来前を40分で通過。分岐でガレ場を通る1時間45分ルートと、樹林帯を巻きながら行く1時間55分ルートの選択を迫られる。シルバータートル(なりかかり)隊の我らは一番南の樹林帯コースを選択する。他の登山者も皆、このルートをとっていた模様。11時前、樹林帯を抜ける頃から風が強くなり、私は一時脱いでいたゴアの上着を着た。砂走り様の斜面に出ると、一層、風が 激しく吹きつけてきた。ぽっと出たところは奥白根神社のあるピークで、あやうくこれを頂上と錯覚するところだった。しかし、くぼ地をはさんで、一見、雲と見間違えてしまうように、うっすらと高いピークが聳えている事が伺われた。岩を掻き分けて、奥白根(2578m)の本当の山頂に立つ。11:20であった。 頂上エリアは暴風状態。かろうじて写真撮影のみで逃げるように下山。座禅山コースから下山したかったが、Oさんが疲れているようで、Fさんが荷物を背負っている状態だったことと、座禅山ルートはガレ場だったような気がするし、他の登山者がピストンで樹林コースから帰る様子だったので、わが隊も同じルートを帰ることにする。あわよくば五色沼コースなどを考えていたが、とんでもないことであった。
 12:45七草平でランチを40分かけてとる。あとは、散策コースをジグザグに展望ルートに出たりしながら下っていった。もちろん、何もみえなかったが、晴れていれば、燧ケ岳や武尊が見えたことだろう。しかし、展望台のそばに光ゴケがあったそうな。Fさんが気付いて、先行する私に声をかけたが、私は絶え間ない話し声の9割を雑音かBGMと聞き流していたので、それが祟って、見落としてしまうことになった。この散策コースにはスノーシューのルートの案内標が打ち付けてあり、雪の季節には楽しいルートとなるだろう。
 14:20、山頂駅着。1996年に菅沼コースから登ったときと比べて、あまりにも楽チンだったことに驚いた。ゴンドラは3年前くらいにできたとのこと。片品のスキー客が減少している中で、丸沼スキー場のみ、減少していないそうである。さらに、この夏には2万人という観光客か、登山者がゴンドラを利用したとのこと。今後、中高年登山者が隆盛の時代に、奥白根登山はこのルートがメインストリート化していき、湯元ルートはすたれるだろう。また、冬季の奥白根の登山者が増えるであろう。
 ゴンドラ駅の座禅温泉に浸かって、一休みする。16時過ぎ出発。温泉の湯が良いのか、私はビールを飲まなかったのに飲んだと自分で錯覚する程に、ぽかぽかしていた(ぼけているわけではない)。戸倉の“うめや”に昨日忘れた膝サポーターをとりに立ち寄る。沼田までの道路は渋滞 していなかったが、面白半分で昭和ICから関越に入ってみる。結構な山越えの道で、混んでいなければ沼田に出るべきである。京都に帰るFの新幹線の時刻を気にしつつ、高崎で関越を降りる。
 18:10、皆を高崎駅に下ろして、一人、街道筋のにんにくラーメンを食す。ああ、うまかった。関越道路へUターン。高崎JCTから渋滞25kmの掲示が出ていたが、実際はたいした渋滞でなく、21時、田無へ帰着。すべて順調なツアーでありました。


山ボケ猫 著