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ニュージーランド世界遺産紀行
(メールからの抜粋編/’98.12.末〜’99.1.初旬の記録)
ニュージーランドはオークランドから6日の深夜帰宅。翌日からハードな2日間でした。
ニュージーランドからの絵はがき、届いたかな。それに、今回のツアー日程の要旨を書いたのですが。身も心もリラックスしてしまい、何だか羊のようにデブっとして帰ってきた。日本は暖冬といっても、何だか底冷えがしてました。ほいで、昨日からは寒波襲来で、厳しい国じゃ。ニュージーランドは日本と同じくらいの国土に、なんと350万人しかすんで居ない。どこにいっても、ガラガラな感じがしていた。東京って、人が住むところではないみたい。
ニュージーランドの観光ツアーの9割は南島へ行くとか。その中で、わてらだけが背いて、北島へ行ったわけじゃ。北島はアルパインの新企画だったとのこと。ツアーリーダーさんは、36才の芹沢さんという兄さんです。ワタシとはどこかで会ったけれどと首をかしげ、ツアーが終わるまで思い出しましょうといっていましたが、何とか、6.7年くらい前の、高所医学会の時に、貫田さんのロッジ部屋で飲み会をした時に会ったことを、双方で思いだした。芹沢さんは1983年頃に出版された、地球の歩き方ニュージーランド編を書いたそうです。5シーズンをニュージーランドとカナダで過ごしたそうで、5年間、冬を経験しなかったとか。7.8年間、ヒッチハイクやスーパーの店員をして放浪の旅をしていたようです。“その間に世話になった人の恩は忘れることが出来ない”と言ってました。旅が好き、人が好きという感じがひしひしと感じられてくる、“当たり!”の添乗員でした。
トンガリロ国立公園は縦長(南北)に火口と火山が並んでいて、霧島に似ています。霧島のスケールを5倍くらい拡大した感じかな。北のはじには、独立峰のナガルホエ山があって、この赤茶けた山肌や山容が高千穂を連想させます。南には最高峰ルアペフ火山があって、これが韓国岳。ルアペフ火山は盛んに噴火を繰り返しており、行けるのはこの火口壁の北端まで。ここから火口をはさんで対岸の最高点を眺めておしまい。
対岸の最高点へは、噴煙あげる火口の内をなぞるように向こう側の壁下までたどり、そこから雪壁をアイゼンを使って急登し、あとは岩の火口壁の尾根道をつめるとのこと。100m程度の標高差なので、40分位かと問えば、1時間半とのこと。思ったより距離があるようで、スケールの大きい風景のようである。なお、リーダー芹沢氏は、“いやー、格好が変わったなー”と、お釜を眺めながら声をあげてました。芹沢氏は4年くらい前に許可を得て頂上までいたっとのよし。その後、一大噴火があって、現在は許可も得られないようであります。また、約30年前にはこのルアペフ火山の噴火によって土石流が発生し、土石流がはるか山麓で折しも通過中の列車を直撃し、150余名を越える死者を出す大惨事を引き起こし、世界的ニュースとなったのであります(補遺1)。また、数年前の冬には八甲田山のように軍事訓練にきていた軍人が、私たちの到達地点あたりで吹雪に封じ込められて、13人中6人が死亡したそうです。しかし、救助に来たヘリコプターの音をききつけて、何と、一人の日本人が雪洞からのこのこと這い出してきて、“ハロー”といったとか。彼は、一躍、英雄になってしまい、オークランドの市長選挙の応援弁士もするような有名人になってしまったそうです。
なお、ルアペフ山は標高2700m程度ですが、頂上の火口に行く手前にも火口があって、こちらは噴煙こそあげていないけれど、浅い巨大雪原となっており、対岸にはカテドラルという岩峰がそびえております。3000から4000mクラスの迫力があります。
下山路はガイドが、私たちを喜ばせようと、雪の多い別道をとってくれました。でも、数日前と比べて雪が少なくなっていたとかで、おまけに全く慣れない餓鬼が一緒についてきてしまい、落石がこわかった。Fさんが3mくらい上で落としてしまったかなり大きい落石がワタシをめがけておちてきたので、体をかわして、手でぽんとはじく仕草をしたら、本当にその手にあたって、方向を軽く変えながら落ちていった(補遺2)。まだ落下したてで、スピードがついていなかったのでしょう。富士山の須走りで落石事故があったときに、落下してくる石を見定めて見事に逃げおおした一家がいたことを思い出してしまった。
1月2日にはトンガリロクロッシングへ。ルアペフ山はトンガリロ国立公園の南端、トンガリロクロッシングは北端に位置します。絵はがきにも書いたように、18kmのルートで、最高地点は1800m程度ですが、これが、意外とアップダウンがあって、スケールが大きく、かつ、非常に景観も変化に富んでいる、素晴らしいルート。庭園風の草原を谷に沿ったり、小川に沿ったりしつつ、3時間くらい行って、鬼押し出し風の急登を30分くらいで登り切ったところが、高千穂風ナガルホエ山への往復ルートを分岐している峠。ここから、右手にそびえる独立峰ナガルホエは2時間半から3時間程度の往復とのこと。標高差は500m程度ですが、高千穂のように、ズルズルと滑る赤土で、2歩登っては1歩後退という感じのようです。また、上の方はトレールがはっきりせず、霧が出た場合に下山時にトレールをみつけられないと大変なことになるとか。ナガルホエを登った場合には、トンガリロクロッシングを1日でやるのはちょっと大変で、途中、山小屋に1泊することになるようです。また、トンガリロクロッシングをやってしまうと、そのまたすぐ翌日に、トンガリロクロッシングの入り口から鬼押し出し風の急登まで同じルートを登りなおしてナガルホエ往復をするというのは、心理的にあまり楽しくなさそうです(補遺3)。
さて、この峠をのっこすと、干上がった巨大な池のような火口底をたどることのなります。これは、アコンカグアのオコスネルの谷を思い起こさせました。そこは、地球の太古の地層がむき出しになっているような、地球の石庭のようなところでした。そこよりはスケールがちょっと甘かったけれど。火口底を渡りきると、反対側の尾根にとりつき、20分くらいの登りで、尾根にあがりきると・・・。むこうがわにはレッドクレーターという、巨大クレーターの一部が赤いがけの壁となってそびえたっておるのでした。さらに左手に100mくらい尾根をいくと、尾根の終点で、そこからは、ななんんと、エメラルドグリーンの水をたたえた火口湖が4つも、眼下に見おろせたのでした。ここからの景観はさすがに絵はがきになってました。急ながらがらのくだりを下って、火口湖の縁でランチ。そして、また、別の火口底を渡って、あがると、今度はかなたに北島最大のタオポ湖がおおきくのべ広がっているのでした。しかし、このころには、あまりにもスケール大きい、全く異なった景観が次から次へと展開するので、どこかが麻痺してしまったようでした。小屋までの道は、大きな”く”の字を繰り返し、下りなのに下ってることを感じさせない、いわば、体にやさしい下りといえますが、ちょっとじれったかった。小屋を左下にみながら、おおきく右へ降りていくときに苛立ち。特に、トイレに行きたいときには・・・。小屋からは湖を背景に、草原が、ただひたすら大きく広がっている風景が眺められました。小屋の裏にはマオリー族の聖地の地獄谷があり、下山路の上半分は草原、下半分は密林・・・。もう、何をかいわんやというルートでありやんした。
なお、3日目には多摩湖ではなくて、タマレイクに行くという案もあったのですが、何故か、午前は地図にのっていない、密林の中の湖へのハイキング、午後はタラナキ滝への往復2時間程度のハイキングということになりました。湖の周囲は熱帯風の密林になっていて、カオリとか、リムとかいう巨木の数々を説明付きで見物。日本ではみあっけない、シダ類も巨大で、熱帯風な景観を作ってました。湖にはカルガモの親子がいて、子鴨はワタシの手からおせんべをたべまくったのでした。母かもは少し離れて心配気でしたが。これは、人に慣れているというよりは、人というものを知らなさすぎることによる行為に思われました。湖をゆっくり一周すると約1時間で、フィトンチットを存分に吸入した気分になりました。また、入り口の対岸には1300m位のビハンガ山があり、これはルアペフ山とエグモント山が取り合いをしてケンカになったという物語の原因となった女性の山だそうです。エグモント山がケンカに負けて、遠くへ蹴り飛ばされてしまったとか。おもしろいことに、この何でもなさそうな山にトレールはなく、登れないそうです。総じて、ニュージーランドの人々はピークを踏むことに全く執着がなく、トレッキングをエンジョイできれば良いと考えているようです。トンガリロクロッシングもちょっとルートを工夫すれば、トンガリロ山のピークが踏める筈なのですが・・・。そもそも、トンガリロ国立公園の目立つピークは、ルアペフ、ナガルホエ、トンガリロ、ビハンガくらいしかないのれす。そんなわけで、ルートは谷間にとられているとが一般的で、マウント・クックの周辺もしかりとか。
午後は30m位のタラナキ滝見物。なお、エグモント山の現地名もタラナキで、これも例に漏れず、マオリ語に由来する名前。ガイドに意味を聞いたらしらべとくといってたけど。ワタシの調べによると、タラ;ピーク、ナキ;何もない−つまり、タラナキは草木もはえない頂上という意味らしい。ここでは、まさかと思っていたのに、芹沢氏が滝壷に飛び込んでしまった。自然の中の川や湖の水に使って、蛙のように目を水面から出して自然の風物を眺めるのが趣味とか。それにつられるように、一番若かった33才の岐阜のおにいさんを、皆でああおりたてて滝壷に入れてしまった。芹沢さんは黒いトランクスだったから良かったけれど、岐阜のおにいさんは、ゼロポイントのグレーのブリーフだった・・・。これは、おまけに、色までワタシとお揃いだったので、一層、びっくら仰天してしまって、冗談にも口外できなかった。
そうそう、ホテルのプールというのは、地下にあって、プールというよりは水着で入るお風呂という感じだった。天井も低くって、とてもとてもプールという代物では・・・。それでも、毎日、浸かってました。温泉ではないけれど、体がとってもほぐれる感じがしました。期待のブリーフではなく、例の写真の水着ですぜ。
なお、火山のそばにあるし、地面をちょっと掘れば温泉などブハーと出そうなのですが、温泉という発想がないのか、マオリ族の聖地のために穴が掘れないのか、ちょっとわかりませんでした。
3日間のトレッキングの後、ロトルアという所へ行って1泊。そこは、北島で有名な温泉地。マオリのダンスをみてから、夜9時過ぎに温泉へ繰り出しました。そこは、最近、改築した温泉場で、別府にも視察団がて参考にしたとか。それで、水着で夜空の下の露天風呂に使ったわけですが、聞こえてくるのは日本語ばかり。夕食後の10時ころに温泉に浸かろうというのは、日本人の感性なのでしょう。お湯は、濃厚な硫黄泉で、肌がツルツルになってしまった。
来るべきエグモント山個人山行を考えて、高校の山岳部のネットにつぎのようなメールを入れておきました。
クマさんもエントリーですね。
私はニュージーランドへ行って来ました。新婚旅行に行こうと、とっておいたのですが、これだと永遠に行けそうもないので、行くことにしたのであります。
通常は雪や氷河の綺麗な南島に行くようですが、今回は珍しい北島のツアーで、トンガリロ国立公園でトレッキングをしてきました。ここは、世界でアメリカのイエローストーン国立公園の次に国立公園に指定されたそうです。九州の霧島のスケールを5倍くらいにした感じで、火山や火口が南北に並んでいます。最高峰は活火山ルアペフで、約2800m,その手前の2700m地点までしか入れませんでしたが、巨大なお釜をはさんで、対岸の最高地点をながめてきました。
なお、北島の西の海岸近くに、エグモント山という、美しい富士山型の2500m程度の独立峰があります。山頂付近は夏でもアイゼンが必要だそうです。ルアペフからも、はるか西にぽっかりとその山容をのぞむことができました。おおいに登高意欲をそそられることです。エグモント山と,今回登れなかった、トンガリロ国立公園の高千穂という感じのナガルホエ山に、次回は登りたいなーと思ったことでした。
どなたか参加希望者はいらっしゃいませんか。
山ボケ猫
補遺
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これは、残念ながら私の素晴らしい記憶力によるものではなく、ガイドの話しの受け売りでございます。
なお、今調べたところによりますと、それは1953年のクリスマスイブのことだったそうです。
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現地の家族連れの登山者で、餓鬼は日本でいえば、小学生3.4年程度でしたね。
Fさんの方が、ワタシよりあせってましたので、ワタシはとかくいわんかった。
それに、“そばを人が落ちてったこともあったなー”(モンブランのこと)なんて思ったりしてました。
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| (3) |
クマさん > さっそくナガルホエ登山の研究ですね。(^^)
クマさん > 次回はこれとエグモントのセットでいかがでしょう?
実は、すっかりその気になってしまい、ガイドのバッジーにそう頼んだのです。
バッジーも、その気になっているみたいで、オークランドから皆で電話したときも、ワタシには“次ぎにはエグモント山とナガルホエだぜーい。ヘイヘイホー”みたいなことをいってました。Fさんには、“ビューチィフル・ガール”だか、“レデイー”だとか、いってたみたいですが。
なお、トンガリロで関西からの一家4人に会いました。トンガリロにいた日本人はこの方々だけ。長女がシドニーに数カ月暮らしたことがあるようで、こちらの事情に慣れてい人のようでしたが。レンタカーをかりて、3週間くらいの旅をするようですが、費用は私たちの半額程度のようでした。また、トンガリロの部分だけ、近畿日本ツーリストの友人に手配を頼んだという日本人二人が合流してましたが、この方々の費用は38万円くらいのようでした。芹沢さんのように、慣れている添乗員に案内してもらうニュージーランドも良いけれど、やっぱり、次回は手作りの、個人山行をしたいものです(補遺4)。
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芹沢さんはアルパインツアーの中でもベストの方だと思います。
12日の日本山岳会同期会の新年会でニュージーの写真見せたら、“あら、芹沢さんね”という方もいて、結構、知られているのかもしれません。 |
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| 山ボケ猫 著 |

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