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製作著作山ボケ社
無断転載を禁ず

苗場山―難業再び―



<期日>
2005年4月10日 晴 (ASC公式山スキー山行)

<メンバー>
L:アナウンサー、SL:笠置寺、山ボケ猫、T夫妻、ダンサー、Hおじさん、F姉さん、地球物理学者、音楽家、テレマーカー、M姉さん、M姉さんゲスト2名、出口屋のおとうさん

<記録>
6:35林道出発し小赤沢に入る―8:15夏の駐車場―12:15稜線―13:05〜25山頂―15:30小赤沢入り口

 前日、夕方、地球物理学者と5時に森林公園駅で待ち合わせた。車に乗せてもらって、夜8時に出口屋へ到着。宴会たけなわというか、終わりかかりの席になだれ込んだ。
 さて、苗場山は頂上が平らな台形であり、その特徴的な鯨のようなシルエットは遠くから同定しやすい山である。しかし、山頂を極めるためにはどこかで壁(崖)にとりついて、鯨の背によじ登るという難行をしなければならないことになる。
 出口屋は小赤沢の集落の中ではもっとも登山口に近いが、標高約750m、2145mの山頂まで1400mの標高差がある。朝4時半過ぎ起床。5時過ぎ、朝食を摂って、6時頃、出発。林道をマイクロバスで200m位乗せていってもらう。今年は雪が多く、昨年、下車したポイントの手前で車を降りて、小赤沢川の取り付き口まで歩いて行った。
 6時半過ぎ、沢の左岸沿いに入る。小1時間行って左俣におりて、対岸に取り付いた。カニの横ばい登りで一汗かいた。道は広い尾根をたどるようになり、青空が気持ち良いが暑い。二日酔い加減のアナウンサー氏が遅れがちとなる。2本目の休みでおとうさんがアナウンサー氏に同行することになり、われ等は先行することにした。
 8時過ぎ、夏の駐車場に到着。ここから夏道の尾根にとりつくが、やせている上にアップダウンがあり苦労する。Hおじさんは尾根を乗っ越して、沢を遡行していた。やせ尾根を過ぎると広い樹林帯に出た。ゆるやかに小1時間登ると、最初の200m位の壁に出た。それぞれにジグザグを切って、10時半頃、広い台地に出て、30分近く休憩した。
 眼前に、忘れもしない、昨年、私が100mの大滑落をした、つるぺたの崖が眺められた。標高差は末端から稜線までで300m位か。F姉さんは、数年前に大絶叫を発しながら落ちて行ったそうで、仲間が助けに駆け下りたという。私の時は誰も下りて来なかった・・・。アピールせずに一人静かに落ちて行ったためだったと信じよう・・・。いずれにせよ、大怪我をするわけでもない斜面で、適当なところで止まるので、滑落を経験するには良い場所だ。人は落ちると頭が下になるとか、ストックでは滑落停止はできないとか、その後数日はへたなマッサージを受けた後のような筋肉痛を体験することなどが、身をもって学習されることだろう。
 11時頃、出発。昨年はブッシュで登れなかった木立の中を、今年は雪が多く、ジグザクを切って登ることができ、安心感があった。楽勝かと思いきや、上1/3位まで来たところで、先行メンバーが切り返した緩斜面のポイントを、私の直前を歩いていた4人グループがそのまま通過してしまい、急斜面に行きどまってしまった。4人は板を脱いで、手に板を持ったり、背負ったりして、ブッシュ沿いに直登し始めた。10m位後にいた私とT(妻)さんは、”こっちには来ない方が良い”と言われ、緩斜面の方へとUターンして戻ることにした。しかし、Tさんが、板を装着したザックを背負う時に腹筋をいためた模様で、“おなかが痛い”と、苦しそうな様子になった。私は板の履けそうな斜面まで50m位トラバースして行き、荷物を置いてから戻って、Tさんに芍薬甘草湯を内服させたりした。二人で荷物を置いた緩斜面までトラバースして、そこで休憩した。2名のメンバーが下のほうでのんびりとランチをしている姿が眺められた。芍薬甘草湯が効いたのか、Tさんの具合が改善してから登りを再開した。上のほうに笠置寺氏がいたらしく、“先に行くよー”という、読経で鍛えたよく通る声が聞こえた。
 結構、ここも斜度があったが、7,8回、切り返して、1時少し前にようやく稜線に抜けた。青い空の下、広く大きい白い鯨の背をたんたんとシール歩行の歩を進めた。ルートは木立の所で左へ急角度に曲がっていた。私は昨年、滑落から這い上がって、ここまでは来たのだが、ここで、下山組と遭遇してしまい、無念の下山を余儀なくされた所だ。木立帯を抜けると白い山頂が平らかに広がり、トレースが苗場山頂ヒュッテへと意志的にまっすぐに延びていた。小屋の脇まで来たとき、グループの一人の姿がすっと現れた。お迎えにきてくれたのかと思ったが、ASCはそんなに甘い集団ではなく、その後、一行が続いて来た。“まずい、下山だ!”。「ちょっと、山頂まで行ってきまーす」と、笠置寺氏に許しを乞いながらにすり抜けて、小屋の後の山頂に駆け込んだ。1時30分だった。2名のやさしいおじさんが下山せずに付き合ってくれた。
 5分で山頂を後にして、崖のエッジで待っていた一行に合流した。のんびりランチ組2名もここで合流した。2時に崖の滑降を開始。ほぼ来たルートをすべりおりた。昨年降りたアドベンチェラスな斜面は雪が多く、なだれの危険があるらしかった。Tさんは私よりもはるかに華麗な、いつもの滑りをしており、安心した。崖の下にアナウンサー氏とおとうさんが待っていた。崖下で、皆が崖を登る様子を評価していたそうだ。私たちは、「馬鹿だねえ。あんな所で板なんか脱いじゃって」などと、言われていた気がした。そこからは出発時のメンバーになって降りた。最後は振り子沢になっていて、楽しめた。
 16時半頃、取り付き口に着いた。先行した私たちは歩いて17時に民宿まで帰った。全員集合して18時にあわただしく解散した。私は地球物理学者の車にアナウンサー氏と同乗して帰途についた。昨年より3時間、遅く、鉄錆び色の温泉に漬かれなかったのが心残りだった車は細い山道を疾駆して秋山郷を抜け、逆巻温泉も横目で通り過ぎた。赤城PAで別車だったT夫妻と遭遇し一緒に夕食をとった。田無に送ってもらい、帰着は22時20分だった。

山ボケ猫 著