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製作著作山ボケ社
無断転載を禁ず

鳥海山 夏スキー 雲のカーテンの裾の物語

(メールからの抜粋編/’00.5.20〜21の記録)


 土曜日朝7時過ぎ、F岡さんの車にN村さんと乗って、東京は杉並を出発した。前日のT橋さんからの電話で、“昨年は駐車ポイントから1時間位で滝の小屋まで行けたけれど、今年は4時間かかるかもしれない”と聞かされてびびってしまう。湯の台口は除雪されず、自然融雪に任せるとのこと。4月末に予定されていたJACの鳥海山スキーツアーは融雪の遅れのためにキャンセルされたとのこと。T橋さんには“1時には登山口につけると思う”と言ってしまったが・・・。
 月山のそばの渓谷の傍らにあるレストランで昼食のために下車したのが1時。しかしこれが行楽用の鉄板焼きのお店で、谷底を気持ちよさそうに、舞い上がるバンジージャンプを眺めながら焼きそばを鉄板でいためたりしているうちに1時間をとってしまった。ど、どちて、おそばみたいなのがなかったの・・・。
 登山口到着は3時半。標高800m。身づくろいをはじめると、そこに、昨年、ビールのボッカをやらされた、S藤ヨシキ君が、“日本山岳会の方ですか”と言いながら下山してきたではないか。私の顔を忘れてしまったのかな。今年もT橋さんにこき使われたようである。T橋さんからはその時までに2,3回、携帯に電話がかかってきていたが、この時も折りよくかかってきた。ヨシキをユーターンさせて、ガイドに使えとの指令だった。ヨシキによれば、先行隊は小屋まで3時間かかったそうだが、彼は40分で降りてきたとのこと。
 ヨシキは地元の救助隊のメインメンバーで、鳥海山で事故があると、真っ先に警察から電話が入るそうな。で、雪道で3人が迷って事故でも起こされると大変と、先手を打ったようである。多分、T橋さんには、“bodyをおろすより、生きている人間をガイドする方がラクだんべ”などと、言われてきたのだろう。ヨシキ君がスキーを持っていないこともあって、スキー板はザックサイドにつけて、歩くことにした。小屋まで、雨にもたたられずに2時間で、まだ十分明るいうちに到着した。
 ヨシキ君がいなかったら遭難はしなかったにせよ、3時間以上はかかったことだろう。昼前に出発した先行部隊のトレースがあるし、昨年来ているので道はわかるだろうとたかをくくっていたが、5月の雪道にトレースがこれほどつかないものとは思わなかった。雨が降ったことも影響していたのかもしれない。また、雪の積もり方や天候、時間で道の雰囲気はがらっと異なるということをあらためて感じさせられた。まあ、私の記憶力もよろしくないのだろうが。
 到着後にT橋さんから3,4回、“考えが甘い”とお叱りを受けてしまった。T橋さんは、N村、F岡には言えないんだもん。先行隊は途中で結構な雨に降られたとのこと。
 当夜は、米沢山の会と、その親睦メンバー(東京からの人も多かった)も同宿。日本山岳会隊(T橋隊)9名とあわせて30名くらいか。鴨鍋に、N村さんのネパールロキシーなどで宴会。自己紹介をしあう。
 米沢隊は昨年、いっしょだった顔なじみもいて、盛り上がった。N村さんが、昨年、手製の帽子をあげた鈴木さんが宣伝していたせいか、N村人気が高かった。9時就寝。

 朝、5時起床。1階で朝食の鍋を作る物音と気配が立ち上ってくる。
 予想に反して今年は登れるのかと思っているうちに、やっぱり雨、それも本降りとなる。1階では山菜てんぷらなどが始まる。2階で、H川氏からスキーのトレーニングやコツについて教授を受ける。
 H川氏は新潟の弥彦山の麓の在。昨年も見えていた。69歳とのことだが、誰よりもスキーがうまく、また、強い人だ。山のスケジュールは2,3ヶ月前に立てて、山の神の許しを得ておく必要があるそうな。T橋さんにスケジュールの確認の電話が山の神から入るそうな。信用されてないのか、前科があるのか・・・。こまめに撮るビデオは証拠品として没収されるのか、登場人物の我々は一度も見たことがない・・・。
 結局、10時に雨が上がったので、雲のカーテンの裾まで行くことにした。米沢隊につづいて、N村さんがすたすたと先に出発してしまった。あれれ、ななんて上まで行っちゃったの。私はやっきになって追いかけた。その私を、T田さんがやっきになって追いかけて来た。その後をF岡さんがやっきになって追いかけて来る。私はN村さんに急斜面の終わる辺りで追いついた。へい、やったね。
 しばらく、広大な雪原を行くと、そこから外輪山までそびえたつ斜面が始まる。そこが雲のカーテンの裾野で、米沢隊はそこで我々を待っていてくれた。昨年、米沢隊とちゃんちゃ焼きをしたあたりで、標高1600mくらいのポイントだろう。T田さんが到着し、私に追いつけなかったことを悔しがっていた。F岡さんは大森さんを抜いたといって、満足げだった。
 雲の中を偵察に行ったH川氏が戻ってきて、“雪面が外輪山までつながっており、あと1時間で外輪山までいけるだろう”と、言っていた。
 米沢隊に引き続いて、滑降開始。あー、気持ちのええスキーじゃった。

 1時前に小屋仕舞いして出発した。T橋さんが酔っ払っていて、靴下がないと言って騒いでいた。結局、裸足にスキー靴を履いたのだろうか?小屋の前の斜面をまっすぐ滑り降りていった。これで、つけるのかなあと不思議に思っていたけれど、ちょっとだけ藪をかきわけて降りたら、そこに車があった。手品みたいで感動する。山を知っているということは凄いことだ。ラストに酔っ払ってよれたT橋さんが到着する頃に雨が降り始めた。

 温泉で汗を流して、3時半頃出発。月山道路が工事中とのことで、最上川沿いに東へ向かった。時期的にも、“五月雨を集めて早し最上川”にマッチしていたのでは。茶色の川面は雪解けと雨をあわせて、生き生きしていた。かといって、木曽川のように荒々しくはなく、昔のままに周囲の自然と調和して、平面的で、穏やかだった。山あいや山村のところどころに、仙人の乗り物のような雲がたなびいて、雨上がりの湿潤な気配が漂っていた。
 村山という所のドライブインでラ・フランス・アイスをなめていると、眼前に虹が立ち上っていた。外に飛び出してみると、見事な半円形。左足はすぐそばの田んぼのあたりから、神々しく立ち上っている。思わず、その光のサークルに入りたい衝動にかられた。しかし、虹はみるみるうちに消えてしまった。虹が夢にたとえられるのは、その美しさとともに、はかなさにもよるのだろう。
 山形から高速に乗った。東京の自宅にかろうじてその日のうちに送り届けていただいた。やたらドライブの印象の強い山行であった。
 考えてみると、2/5の時間を車に乗っていたことになる。ドライバーのF岡さん、ご苦労様でした。


山ボケ猫 著