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製作著作山ボケ社
無断転載を禁ず

カナディアンロッキー小手調べ



 前日キャモアのうちあわせで、“セント二コラス”というピークに登るときいて、ちょっとがっかり。でも、YAMNUSKAの難波さんが、“そのピークがある、ワプタ氷河を目にした日本人は珍しいでしょう”といったのをきいて、“まあ、よいか”と思う。天候もぱっとせえへんしなあ。
 テンプル山はクマが出て入山禁止、へクターは峡谷をとおるときになだれの危険があり、アサバスカは遠いし、この季節では1日行程ではどうなるかわからない状態でいきたくない様子だった。


 レイクルイーズの北にある、ボウ湖から入山。標高約2000m。
 しばらくは湖沿いの道を行き、やがて沢沿いの道となり、突然、峡谷が現れる。激しく濁流を足下に臨むダイナミックな峡谷に大石が橋になって渡っていた。それが、ハイキングコースとの分かれ道で、ななんと、その大石の上を歩いて向こう岸へわたるのであった。雨で石面がぬれているし、思わず、びびってしまう。
 しばらく行くと突然、再び広く開けた川原に出て、左手の斜面にとりつくと、今度は真っ黒な石だけがごろごろした山腹を渡っていく。やがて道は峡谷伝いの山道となる。


 空はどんよりと重く、時折、小雨がぱらつく。ときおり、雪の斜面をトラバースするようになる。2時間半近く行ってから、初めて休みをとる。
 ザックの左側面に結び付けていた寝袋がアンバランスなので、ザックの中身を書き出してザックの左右に結び付けて寝袋をザックに詰め込んだ。
 その間、デイビッドは“雪の状態が悪いので先に行く”とのことにて先行した。
 追いつくと、雪が悪いので迂回するとのことで、クロウフット山の方へ100mくらいごろごろした斜面を高巻きをする。最後は“サークル”と呼ばれる雪のカールへ入り、右手へモレーンを急登。
 “いつもはもっと奥までつめてから登るが、セラックの崩壊があるので”手前からつめたとのこと。時折、付近の山のセラックが崩壊するらしく、雷と間違えるような崩落音が山塊に響いていた。
 歩き始めて5時間、ボウハットという山小屋に到着。ここはカナダ山岳会の山小屋で標高2330m。
 ガイドのデイビッドさんが日本人をボウハットへつれてきたのは初めてといっていた。また、彼は、アルバータ山は日本人が初登頂したのに、現在、この地を訪れる日本人の多くはハイキングしかしないことを残念がっていた。外気は2度であったが、夜半、雨がみぞれから雪に変わる。
 登山は中止かなあなどという考えもよぎる。小屋の中は薪ストーブで暑いほどであった。デビッド君は“ナショナルジオグラフィカ”を読みながら、“悲惨な話だねえ”といって、目をうりうりさせていた。

 翌朝、ベランダが白くなっていた。
 7時出発。
 30分くらい雪原を登ったところで、アンザイレンした。“ここからワプタ氷河だ”ときいても、特に境界はわからなかった。
 目指すピークはセント二コラスという2941mのピークで、稜線戦場上に、鋭く天をついている。沈没寸前のタイタニック号が、舳先を水面に突き上げているようにも見える。“甲板”の角度は45度くらいか。“あれを登るのかなあ”と思っていたが、9時15分、大きく左から巻い尾根上へ出た。
 尾根の反対側はきれ落ちている。足下に広がっているであろうワプタ氷河は、雲におおわれて、全容の輪郭はつかめなかった。
 そこから右手へ、竜の背骨のようなやせ尾根がピークへ突き上げていた。
“ここまででおしまいかなあ”と思ったが、小休止後、デイビッドは慎重に尾根をたどりはじめた。時折、先行するデイビッドが深雪にずぼっともぐって、私と同じ高さになったりした。
 雪のピークというものは、頂上が近づくにしたがって、すがすがしく神々しい雰囲気がただよいはじめる。雪の静謐で透明な蒼さのせいだろうか・・・。
 何個目かの背骨を越えたところで、頂上プラトーへ出た。
 デイビッドが突然、私にトップを譲った。
 10時、頂上に立った。雲にかくされながらも、壮麗な山塊の規模がうかがわれた。“ほかの人はもっと時間がかかるよ”と、お褒めの言葉をいただく。そうそう、ガイドは客をいい気持ちにさせなくてはいけないのよん。

 条件がよければ、そばのオリーブ山にも回る予定だったが、“冗談はヨシコさん”状態で、ただちに下山となる。
 下山はしばらく、竜の背骨をたどった。しかし、尾根を最後まで戻らず、デイビッドが“甲板”をおりようと言い出した。雪のきれいな平斜面をおりていくと、デイビッドが腰をおろして、尻セードをしようという。
 逡巡をしたが、踵で制動を利かすように教えられて、少し滑り降りた。そこで、デイビッドがじっと身じろぎしないで雪面をみていた。そこから、雪面の表層が扇状に静かになだれて行った。“なだれ”が一段落してから再び尻セードをはじめた。しかし、いかんせん、私の脚力で踵制動をするには斜面が急すぎたようである。
 “あっ”思う間に胴が横になって、次に頭が下になって雪面を滑り始めた。柔らかな雪面上をほとんど、気持ちよく、滑落していく。デイビッドの横を通り過ぎたようだった。落ちながら、アンザイレンしてるからもうすぐ止まるかなと思っていたが、結構、長く感じた。
 ハーネスに軽い衝撃があって、体が頭を下にしたまま停止した。デイビッドが、“大丈夫か”といって、駆け下りてきた。無理な抵抗をしなかったせいか、雪のクッションがきいていたせいか、何の怪我もしなかった。デイビッドが、“You were flying(空を飛んでいった)”といった。
 二人でげらげら笑ってしまった。そのフライングのせいか、11時には小屋に到着。
 デイビッドが小屋の雑記帳に、“雪が腐っていて大変だった”みたいなことを書き付けていた。その帳面には日本人の書き込みはなかった。

 12時15分小屋を出た。この前後の3時間だけ頭上に青空が広がっていた。
 下山途中に美しい石が目に入って困った。グレー地に赤い横の縞模様の入ったデザインの石がことのほか美しかった。ついつい大小かまわずポケットにほうりこんでしまう。そして、小雨がぱらついてきてしまった。げっ、下山時の雨は鬼門なのよ。雨にぬれて石の美しさが一際、映えてしまうから。特に、インカの織布のような配色の、赤錆色の地に、抽象とも具象ともつかない、赤レンガ色の横模様を染めたような色の石が表れたときは思わず抱きついて、心中したいほどだった。しかし、それは一抱えもある大石だった・・・。
 せめて、記憶にとどむるのみ。このような石への想いというのは、石に全く興味のない人には変態的にきこえるかもしれないと思ったりする。
 振り返ると、セント二コラスピークが高く舳先を空にかかげていた。そして、その甲板には、今朝、われらのトレースが刻まれていた。
 ボウ湖にでると、湖面がとこどどころ凍っていた。岸辺には、水晶の結晶のような細長い形をした氷の結晶がうちよせていた。彼らはシャワシャワとさやけきメロデイーをかなでていた。
 ボウ湖の岸辺を回っていくとセント二コラスピークは次第に手前にのピークに隠されていき、観光客のいるあたりではみえなくなってしまった。


 セント二コラスピークは標高は低いけれど、アルペン的な良いピークだった。
 (でも、どのガイドブックにも載っていなかったのは悲しい)


 その日はバンフに送ってもらった。帰途、テンプル山がこうごうしくそびえていた。
 よし、次回はあれじゃ。


 翌日もデイビッドを雇うことにする。天候がよくなく、また、バックカントリースキーの用具のレンタルは事前にいってもらわないと手配できないとの難波さんの弁によって、思いもかけず、キャモアの岩登りという展開になる。Yamnuskaという山はカルガリーからカナデイアンロッキーに入ってくるとき最初に現れる2300m程度のピークだ。そこの東南面が450mの壁となっていた。
 バンフは雨でも、この地は快晴だ。カカナスキ平原が湖をそこかしこにちりばめて広がっていた。新緑が美しく、気持がよろしい。5.5級の8ピッチだが、場所によっては5.7から8級とのことだった。
 最後に50mのチムニーとなり、“そんなことやったこともなかった”私は度肝を抜かされたが、何とか登れた。3時間半、大変、良か気分じゃ。
 デイビッドが、“君は一度も落ちなかったからもっと難しいルートをしないといけない”という。そうそう、ガイドさんは客を良い気にさせるんも仕事のうちなのよ。
 すばらしいルートで、北岳バットレスの3分の2にしたようだった。でも、ガイドブックにのっていなかった。かなぴい。


 カナデイアンロッキーは広い。日本の山と比較すると、人跡未踏の地だらけだ。山の規模もスイスより大きいのでは。
 あーあ、また、行かなくちゃならない所が増えてしまった。


山ボケ猫 著